入院
いったん家に帰り、病院をどこにするのか、家族会議が始まった。
父の母校の大学病院か、国立がんセンターかで迷ったが、がんセンターの方が国立だし、いいのではないか、という結論に達した。ちょうど父の同級生が、がんセンターに勤めているという。早速父が電話をする。「小細胞癌」という病名を告げると、その医者は明日にでもすぐに来るように、と言った。
入院先を決めると、父は事務所に行きたがった。私の運転で事務所に向かった。事務所には誰もいなかったような、多分週末だったと思う。
父はとても機敏に事務所を走り回るようにして、仕事をした。私たちが止めても無駄だった。父はとても頭がくるくる回転し、機敏で、働き者だった。その父が、いつのまにか、隣の本屋から本を数冊買ってきた。小細胞癌について載っている本だ。
運悪く、事務所の隣は、医学書専門店だった。
父は病名は知っていたものの、それがどんなに悪性の癌かを知らなかった。この癌にかかったら一年だって生きられはしない。でもそんなこと気の弱い父が今知ったら、すぐにでも死んでしまいそうな気がして、絶対に知られてはいけなかった。
妹と一緒に、なんと言って丸め込んだか、とにかく父からその本を取り上げた。
次の日、がんセンターへ行った。最初に診察してくれた外来の先生はとても落ち着いた、いい先生だった。父は、入院の前に家族で旅行がしたいのだがダメだろうか、ときいた。この頃、父に目立った自覚症状がなかったようだ。しかし小細胞癌は進行が非常に早いのでそれはムリだ。先生はやんわりとダメだと言った。
それから入院の手続きをし、検査のために病院中を回った。父は全て自分で手続きをし、検査も小走りになりながら回った。そんな父の懸命さをみて、涙が止まらなかった。
父の母校の大学病院か、国立がんセンターかで迷ったが、がんセンターの方が国立だし、いいのではないか、という結論に達した。ちょうど父の同級生が、がんセンターに勤めているという。早速父が電話をする。「小細胞癌」という病名を告げると、その医者は明日にでもすぐに来るように、と言った。
入院先を決めると、父は事務所に行きたがった。私の運転で事務所に向かった。事務所には誰もいなかったような、多分週末だったと思う。
父はとても機敏に事務所を走り回るようにして、仕事をした。私たちが止めても無駄だった。父はとても頭がくるくる回転し、機敏で、働き者だった。その父が、いつのまにか、隣の本屋から本を数冊買ってきた。小細胞癌について載っている本だ。
運悪く、事務所の隣は、医学書専門店だった。
父は病名は知っていたものの、それがどんなに悪性の癌かを知らなかった。この癌にかかったら一年だって生きられはしない。でもそんなこと気の弱い父が今知ったら、すぐにでも死んでしまいそうな気がして、絶対に知られてはいけなかった。
妹と一緒に、なんと言って丸め込んだか、とにかく父からその本を取り上げた。
次の日、がんセンターへ行った。最初に診察してくれた外来の先生はとても落ち着いた、いい先生だった。父は、入院の前に家族で旅行がしたいのだがダメだろうか、ときいた。この頃、父に目立った自覚症状がなかったようだ。しかし小細胞癌は進行が非常に早いのでそれはムリだ。先生はやんわりとダメだと言った。
それから入院の手続きをし、検査のために病院中を回った。父は全て自分で手続きをし、検査も小走りになりながら回った。そんな父の懸命さをみて、涙が止まらなかった。
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コメント
nonoさんはじめまして。「父の肺がん闘病記」を読ませていただきました。その後、お父様のご様子はいかがですか?実は、私の母も今年4月に「小細胞肺がん」と診断され、6月から入院し、現在2回目の抗がん剤治療が終わったところです。母も病期でいうとかなり進行した状態で、他に何か良い治療法は無いかと思い、夜な夜なネットサーフィンをしている時に偶然nonoさんのこのblogを拝見しました。母は抗がん剤治療の間もとても元気で、脱毛以外の副作用はほとんど見られません。健康食品や漢方なども平行して服用しています。それらが効を奏しているのかはわかりませんが、現状は良好です。母は抗がん剤治療で効果があったとしても、余命は6ヶ月という宣告を受けましたが、それは一般的なデータとして受け止め、それを念頭においたうえで可能な限り積極的な治療を継続したいと思っています。1年生存率、5年生存率が極端に低い種類の病気ですが、それが0%ではないのが、今の私の唯一の希望と喜びです。nonoさんのお父様の快復、nonoさんとご家族のご健康をお祈りしています。
投稿 きぃこ | 2006年7月 6日 (木) 00時21分
きぃこさま
初めまして。ご訪問ありがとうございます。
私の父ですが、下の方の記事にも書いてありますが
8年ほど前に、残念ながら亡くなりました。
昨日の七夕がちょうど命日です。
父の死は私たち家族の背中を押して、
みんなを一歩前に前進させてくれるものでした。
それもこれも辛くも充実した闘病生活があったからだと思っております。
きぃこさまもいろいろとご心痛の中に喜びも感じておられるようで何よりです。
お母様のご回復を心よりお祈りしております。
投稿 nono | 2006年7月 8日 (土) 23時24分